マーベラスサンデーの産駒傾向
非常に気性が激しい面があり、同じく気の荒いことで知られたマーベラスクラウンの担当者・古川代津雄が厩務員を務めた。 しかし、レースが近いことを察知すると自然に大人しくなっていき、競馬では全く荒い面を見せることはなかった。 武豊は「騎手の指示通り動くし、変なことをしないところ」という点を褒め非常に乗りやすい馬と評している。 一方、ゴール前で自分から力を緩める傾向があったといい、これを念頭に置いたレース運びをしていたため、勝つときは常に僅差であった。 爆発的な能力には欠けたとも言われ、特にサクラローレルとの力量差は関係者からも指摘されているが、15戦10勝、敗れた5戦も全て4着以内を確保した安定性は一定の評価を受けている。
競走馬引退後は、北海道新冠町のCBスタッドで種牡馬となる。供用4年目の2003年にCBスタッドが倒産・閉鎖したため、以後は優駿スタリオンステーションに繋養されている。2003年は、CBスタッド倒産の影響で種付け頭数50に留まったが、他の年は安定して100頭以上の交配相手を確保している。2004年に初年度産駒のシルクフェイマスが日経新春杯を制し、種牡馬としての重賞初勝利を収めた。2008年にはキングジョイが中山大障害に優勝し、障害競走ながらGI初勝利も挙げている。
マーベラスサンデーの逸話
レースに臨む際、パドックから本馬場に向かう地下馬道と、発走直前の輪乗り時に必ず放尿する習慣があることも知られていた。 主戦の武豊によれば、エプソムカップから始まった癖であるという。 競走生活中は赤いメンコ(覆面)がトレードマークであった。 これは古川が「どこにいても所在が分かるように」と考案した手編みの特製品であり、種牡馬入りに際して、種馬場にマーベラスサンデーを出迎えに訪れたファンの少年にプレゼントされた。